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ビール成分に最大34%の放射線防護効果を実証

放医研と東京理科大の研究チームが確認実験

アルコール飲料に放射線を防護する効果のあることは、すでに2001年までの研究で明らかにされてきたが、放医研の粒子線治療生物研究グループの安藤興一グループリーダーは、東京理科大学薬学部放射線生命科学の研究チームと共同で、ビール成分に放射線防護効果があることについて、ヒトの血液細胞やマウスを用いた実験で、ビールに溶けこんでいる麦芽の甘味成分などに放射線により生じる染色体異常を最大で34%も減少させる効果があることを初めてつきとめた。



共同研究グループは、広島・長崎の原爆やチェルノブイリ原発事故被害者のなかにアルコール飲料で放射線障害が低減されたという話がある事をきっかけに、ビールを使った実験でビールそのものに放射線防護効果があることを研究で明らかにしてきたが、ビールの中の何が放射線防護効果があるかは、未解明のままであった。今回、ビール中のアルコール分(エタノール)に加え、ビールに溶けこんでいる成分にも放射線防護効果があることをつきとめ、放射線被ばくの前にビールを飲むと、放射線による障害から最大34%防護されることを、ヒトの血液細胞とマウス実験で実証した。放射線防護剤にはさまざまな薬が開発されているが、副作用を伴うものもあり、新たな薬剤開発が待たれている。

今回の成果は、新たな放射線防護薬剤開発に一石を投じるものとされる。

今後、研究グループは、さらに放射線防護成分の探査を行うとともに放射線をあびた後の防護効果の確認、血液以外の臓器細胞に対する効果、作用のメカニズムの解明などに向けた研究を推進していく。

【研究の背景】

放射線防護剤は一般には入手が困難であり、また副作用を伴うものが多く、長期間の服用にも課題が残る。このためニンニク、朝鮮人参、味噌などの食品や食品成分による研究が進められている。

同研究グループは、エタノール、メタノール、グリセロールなどのアルコール類に放射線防護効果があることが以前から知られていることや、飲酒により放射線障害が軽減されたなどの体験談から、アルコール飲料の放射線防護効果に着目した。今回、数多くあるアルコール飲料の中でもビールを選択したのは、入手し易く、アルコール濃度がそれほど高くない(比較的飲みやすい)などの理由による。2001年には、ビールを摂取したヒトの血液細胞を採取し、放射線を照射してダメージを調べる方法でビールによる放射線防護効果を確認した。だが、ビール中のどの成分が放射線防護効果をもたらすのかは、未解明であった。今回放射線防護効果を確認した成分等は、いずれもビールに極めて微量含まれている成分で、これらが相加もしくは相乗的に作用していることが推察できる。

【研究手法と成果】

●ビールの放射線防護効果の確認実験

ビール摂取前とビール大瓶1本を摂取後3時間後に採取した血液(血中エタノール濃度は約10ミリM*モル濃度)にX線または重粒子線(炭素イオン : 放医研HIMACでがん治療に利用されている)を1グレイから6グレイまで照射し、摂取前後での血液細胞の染色体(ヒトリンパ球染色体)異常を比較した。(図-1参照)

図-1. 放射線により生じた血液細胞一個あたりの染色体異常の数
(飲酒後の染色体異常の数は、飲酒前のそれより明らかに少ない)

その結果、ビールの放射線防護効果は、X線ばかりか重粒子線(炭素イオン)にもあることが確認でき、これは、マウスの骨髄死を調べる実験でも同様であった。

図-2. では、ビールの効果がエタノール単独の効果よりも高いこと、ノンアルコールのビールでは放射線の防護効果が認められないことが示されており、ビール中のアルコールはビール成分の吸収に一役買っていることが示唆された。

図-2. ビール他の放射線防護効果比較 (ノンアルコールでは効果が認められず、エタノール(アルコール)単独よりも、ビールのほうが放射線防護効果が高い)

●ビール成分の放射線防護効果の確認実験

これらの結果、ビール成分に放射線防護作用を示す物質が含まれていることが予測された。このことを実験的に確かめるため、ビールの微量成分であるシュードウリジン、メラトニン、グリシンベタインをそれぞれヒトの血液に添加したり、あるいはマウスに投与(経口投与、腹腔投与など)して放射線防護効果を調べた。具体的にはX線もしくは137Csが発するガンマ線のような低LET放射線とLET50keV / μm(キロ電子ボルト/マイクロメートル)の重粒子線(炭素イオン)を用い、照射量を変化させた時の染色体の異常、マウスの生存率(照射後30日の生存確率を調べる)などを測定した。その結果、ビールに約5μg / mL含有するシュードウリジン (注1) をヒトの血液に添加した実験では、4グレイのX線照射後のヒトのリンパ球細胞の染色体異常が無添加のコントロールに比べ34%、4グレイの重粒子線(炭素イオン)の場合には、32%減少した。(図-3参照)

図-3. シュードウリジン添加ヒトリンパ細胞に放射線を照射した染色体異常の数
(無添加に比べ、染色体異常の減少が明らか)

同じく、ビールに極く微量含有するすることが知られているメラトニン(注2)では、マウスを使った実験からガンマ線照射の場合14グレイから21グレイで防護効果があったが、重粒子線(炭素イオン)では全く効果がないことが認められた。(図-4参照)

図-4. メラトニン投与マウスの放射線を照射による陰窩*数の変化 (メラトニン投与によって、ガンマ線では陰窩*数の減少が抑えられるが重粒子線では変化が無い)

*陰窩とは : マウスの腸管上皮直下の細胞集団で、「陰窩」と呼ばれる組織。放射線照射によって数が減少することから、放射線影響の実験に用いられる。

さらに、ビールに約80μg / mL含有するグリシンベタイン(注3)をヒトの血液に添加した実験では、4グレイのガンマ線照射後のヒトのリンパ球細胞の染色体異常が無添加のコントロールに比べ約30%(最大37%)、4グレイの重粒子線(炭素イオン)の場合には、17%減少した(図-5参照)

図-5. グリシンベタイン添加時に放射線を照射したヒトリンパ球細胞の染色体異常の数
(無添加に比べ、染色体異常の減少が明らか)

また、マウス腹腔内投与した場合には、全身照射による骨髄死を明らかに抑制することが確認された。(図-6参照)

一連の実験でビール成分には放射線防護効果があることが明らかとなった。この防護メカニズムを明らかにしていくことや血液細胞以外の他の臓器細胞での放射線防護効果の確認、さらに他のビール成分での防護効果を探査を行っていく。

図-6. グリシンベタイン投与マウス放射線照射後30日の生存率
(グリシンベタイン48mg以上の投与で骨髄死を抑制)

【今後の展開】

一連の防護効果確認実験では、被ばく前にビールを飲むと防護効果は高まるという結論を得た。だが、被ばく後に防護効果があるのかは、いぜん未解明のままであり、さらにビール成分が放射線防護効果を持つメカニズムの解明を進めていきたい。

(粒子線治療生物研究グループ 安藤 興一 物部 真奈美)

<注釈>

注1. β-pseudouridine (シュードウリジン)

N-methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine (MNNG)により誘発されるサルモネラの変異がビール添加により抑制され、その効果はビール中のシュードウリジンによることが2002年岡山大学の吉川友規氏らによって確認された(MNNGはDNAをアルキル化することによりDNA切断を起こし、染色体異常を引き起こす物質である)。シュードウリジンは、ビールに約5μg / mL含まれているが、製品によって含有量は異なっている。

注2. Melatonin (メラトニン)

メラトニンは、脳内の松果体から分泌されるホルモンであり、体内時計を調節している。メラトニンの放射線防護効果は、1995年に Vijayalaxmiらにより初めて報告された。ビールには約50〜300pg / mLのメラトニンが含まれている。

注3. グリシンベタイン (別名 : ベタイン,トリメチルグリシン)

グリシンベタインは主に砂糖大根から分離精製されているが、エビ、カニなどの水産物や麦芽、キノコ類、果実などにも多く含まれている天然の物質であり、甘味料として利用されている。冠動脈疾患のリスクファクターとされているホモシステインを減少させることが知られており、高脂血症、脂肪肝、肝機能障害、肥満等の改善に有効という報告がある。

また、ホモシステインをメチオニンに転換させる作用を利用してホモシスチン尿症患者への利用が報告されているほか2-chloro-4-methylthiobutaniod (CMBA)による突然変異を抑制することが報告されている。ビールには約80μg / mL含まれているが、製品によって含有量は異なっている。


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