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低線量放射線照射による生物影響

染色体損傷における粒子線誘発バイスタンダー効果の
分子メカニズムの実験的検証


近年、直接放射線のヒットを受けた細胞がそのストレスに対して"一次的"な応答をした結果、その近傍にある直接ヒットを受けていない細胞に何らかの"二次的"な応答が生じ、細胞集団として放射線生物作用を修飾する、という"バイスタンダー効果"が粒子線マイクロビーム等を用いた低線量放射線照射の生物影響として注目を集めてきている。

■ はじめに

放射線誘発バイスタンダー効果の誘導メカニズムのモデルは、これまでに報告されている研究成果から、おおよそ4つに分類される。

  1. ギャップジャンクションを介した細胞間情報伝達によるバイスタンダー効果誘導シグナルの伝達

  2. 放射線のヒットを受けた細胞より誘導されたリガンドとバイスタンダー細胞の表面受容体との相互作用

  3. 放射線のヒットを受けた細胞より湧出したバイスタンダー効果誘導因子とバイスタンダー細胞の表面受容体との相互作用

  4. 放射線のヒットを受けた細胞より湧出したバイスタンダー効果誘導因子が直接バイスタンダー細胞に作用

これらの内、我々の研究グループにおいては、1.についてコロンビア大学のヘリウムイオンマイクロビームを用いて実験的証拠を得た(Zhou et al. PNAS, 98,14410-14415, 2001)。ここでは、3.または4.の可能性を検証した実験結果を紹介する。

■ 研究方法及び結果

アルミ製のリングの上下の面を薄いフィルムで密閉し、内部をメディウムで満たすと同時に上内面のみあるいは上下両内面に細胞を培養し、下面からヘリウムイオンを照射した。ヘリウムイオンのエネルギーが低いため(水中飛程数十ミクロン)、上内面にのみ細胞を培養した容器ではメディウムのみが照射され、上下両内面に細胞を培養した容器では下内面の細胞のみが照射され、決して上内面の細胞には直接ヘリウムイオンが照射されない条件下で、上内面の細胞のクロマチン切断を調べた(図1)。

図-1 照射方法
図-1 照射方法。
左はHeイオンはメディウムのみに照射され、右は下面の細胞とメディウムが
照射される。 何れにおいても、上面の細胞にはHeイオンは到達しない。

まず、2つの照射方法でそれぞれ0.1Gyから100Gyのヘリウムイオンを照射して染色体異常を調べた。メディウムのみ照射は線量・照射後の培養時間に関係なく染色体異常が誘発されないが、細胞とメディウムを照射すると照射後の培養時間と線量に応じて有為に高い染色体異常誘発が起こることが判った(図2)。また、照射直後に新しいメディウムに交換してもこの傾向は変わらなかった(図3)。これらの結果は、照射されたときに存在していたメディウムよりもむしろ照射された細胞と照射後接触していたメディウムを介して、上面の細胞に染色体損傷が誘発されることを予想させるものであり、照射された細胞から何等かのバイスタンダー効果誘導因子がメディウム中に湧出している、とする仮説を成立させるものである。

図-2
図-2

図-3
図-3

次に、この仮説を確かめるために照射直後に容器の上下を逆転させ、同時に新しいメディウムに交換し、片方は今までと同様に容器内をメディウムで満たし、一方は半分だけ満たし照射された細胞には接しないようにして、それぞれ染色体異常を調べた。結果は、半分だけ満たした方は染色体異常が誘発されなかったが、全体を満たした方は染色体異常が誘発された(図4)。この結果は、仮説の通り染色体異常誘発の引き金となる"何か"は、照射された細胞から24時間以内にメディウム中に湧出してくるものであることを示している。

図-4
図-4

ちなみに、ヘリウムイオンを照射して24時間そのままに保持したメディウムを他の容器に準備した新しい細胞に移し変えた場合、細胞とメディウムを照射した方のメディウムは染色体異常を誘発させたが、メディウムのみを照射した方は染色体異常を誘発させなかった(図5)。

図-5
図-5

以上の結果は、ヘリウムイオンを照射された細胞からメディウム中に湧出してくる何等かのバイスタンダー効果誘導因子によって、直接ヘリウムイオンのヒットを受けていない細胞に染色体異常を誘発させるようなバイスタンダー効果が生じることを示すものである。この様な現象は、地球・宇宙環境や航空機内での放射線被曝に纏わる生物影響のみならず、重粒子線によるガン治療のように照射すべきガン細胞の総数と重粒子線の照射密度との相対的関係において"低密度照射"となる可能性のある場合の生物影響を把握することに重要な意味を持つものであると考える。放射線のヒットを受けた細胞と受けていない細胞が混在する中でヒットを受けていない細胞に起こるバイスタンダー効果の誘導メカニズムはまだはっきりとは捕まえられていないが、個々の放射線誘発バイスタンダー効果のメカニズムが解明されたときに、細胞のストレスに対する応答を土台とした放射線生物影響研究にとって新たな段階へのステップとなるものと考える。

(放射線安全研究センター 宇宙放射線防護プロジェクト 鈴木雅雄)


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