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わが国で初めて陽電子放射断層撮像(PET)を
導入した臨床用量設定の治験を実施


放医研の重粒子医科学センター画像医学部(棚田 修二 部長、鈴木 和年 主任研究員) と脳機能イメージング研究開発推進室(須原哲也特別上席研究員)らは、新しい抗うつ薬(LY248686)の適切な用法と用量の設定に参考となるデータを得るため、塩野義製薬株式会社(代表取締役 塩野 元三)からの依頼で、株式会社エクサム(代表取締役 米森寛)の※治験コーディネーター支援により治験を実施した。今回、放医研の陽電子放射断層撮像(PET)を用いて薬が作用する脳内タンパク部位(セロトニントランスポーター)での用量と結合の程度を明らかにし、科学的証拠に基づく用法・用量決定に必要な客観的データを得た。

 背景

近年、医療現場では、主観的な経験や直感に頼らず、科学的な根拠に基づいて最適な医療を行うEvidence Based Medicine (EBM)の重要性が強調されています。欧米では、PETによる薬物の標識や作用部位における薬の動態を新薬の評価に取り入れていく動きが盛んに行われています。放医研では、PETを用いた研究の一環として、精神疾患についても、その病態の解明や、向精神薬の用量と脳内受容体やトランスポーターへの結合の割合(占有率)について多くの研究を行ってきました。生体分子や薬物を画像化する分子イメージング技術は、薬が作用する部位での動態測定を可能にすることから、脳に限らず広範な生体現象の研究に用いられつつあります。

 PETを用いた薬物動態研究

PETは、陽電子放射性核種(ポジトロン)で標識した極微量の薬や分子を投与して、臓器からの放射線を測定することにより、薬や分子の動きを体外から観察する手法です。これまでの治験では、多数の患者に薬を投与し、血液中の薬物濃度と身体に現れる効果や副作用の相関性から推測して、薬の用法や用量を決定する方法しかありませんでした。PETによって、実際に薬が作用する部位を観察することで、より科学的根拠に基づいた用法と用量の設定が可能となります。抗うつ薬や抗精神病薬などの薬は、脳内の神経伝達物質受容体やトランスポーターという部位に結合することで薬理作用を発揮します。これまで脳内における薬物測定は主に動物の脳を取り出して行うしかありませんでしたが、PETを用いることによって、体外から脳内の薬の動きを知ることができます。薬物評価の指標として、標的タンパクにおいて薬物がどの程度受容体やトランスポーターに結合しているかを示す指標として占有率が最もよく使われています。これはポジトロン放出核種で標識した薬物(リガンド)が、薬が作用する部位で競合してリガンドの結合量が減少し(図-1および図-2参照)、この減少の度合を占有率と定義しています。放医研では、人間の脳内の抗精神病薬や抗うつ薬の用量と受容体あるいはトランスポーター占有率の関係を明らかにし、さらに服薬後の血中濃度と脳内占有率の時間変化などを解明する研究を進めています。このように薬がはたらく部位を直接に画像として評価することによって、これまで間接的にしか解らなかった薬の作用点における薬の動きを一人一人個別に評価することも可能になってきています。

新しい抗うつ薬(LY248686)は、米国イーライ・リリー社で開発され、2002年9月に米国食品医薬品局(FDA)より承認可能通知を受け、日本では、塩野義製薬が医薬品承認申請に当たっての臨床試験をおこなっている薬です。

図-1 薬物投与前のPET画像
図-1 薬物投与前のPET画像
脳内の受容体に結合した標識物質(リガンド)の集積が画像化されている。
図-2 薬物投与後のPET画像
図-2 薬物投与後のPET画像
薬が標識物質(リガンド)と受容体の結合を阻害して、集積が抑えられている。

 今後の展望

放医研では、PETを用いた脳科学研究として、

 精神疾患の画像による病態研究
 精神薬理学研究
 神経科学研究
 標識物質開発研究

など、多岐にわたる研究開発を進めています。今回の新しい抗うつ薬に関する治験は、こうした研究開発を人に適用して実際の治療で用量を決定したわが国初のケースです。今後、PETを用いた客観的な薬物評価手法の研究を行い、それらを広く普及させることにより、安全で、合理的な薬物療法の進展に大きく貢献することが期待されます。

 治験コーディネーター : 被治験者の選定やケア及び治験に関連する実務を代行し、さまざまな治験業務を調整する専門家

(文責 特別上席研究員 須原 哲也)


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