兵庫県南部地震前に大気中ラドンの濃度変動を観測
臨界現象数理モデルへ適用し地震予知に活用も

【概要】

独立行政法人 放射線医学総合研究所(米倉義晴理事長)放射線防護研究センター環境放射線影響研究グループ自然放射線被ばく研究チームの石川徹夫主任研究員らは、神戸薬科大学放射線管理室の安岡由美助手、東北大学地震・噴火予知研究観測センターの五十嵐丈二教授(故人)らとの共同研究により、1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震の前に異常な上昇を実測した大気中ラドン(222Rn)*1濃度を解析し、数理モデル*2への適用に成功しました。

地震発生前から定期的に大気中のラドン濃度を測定していた神戸薬科大学は、兵庫県南部地震の断層近傍にあり、六甲山麓に位置しています。同地点の地層は花崗岩からなり、ラドンが多く含まれていることが知られていました。大気中のラドン濃度の異常な上昇は、地震前に地殻にかかった応力に伴ってできた岩石中のマイクロクラッ*3等により、ラドンが断層などの割れ目に沿って上昇し、地面からのラドンの散逸量が増加したと考えられます。

これまで、地震の前に地下水中のラドン濃度が変動した報告はいくつかなされており、兵庫県南部地震の前にも地下水中のラドン濃度の上昇やCl-イオン変動*4が生じたことが報告されていますが、大気中で実測したラドン濃度の変動を解析し、地震前にかかった応力の状態を理論式に適用させることができた例はなく、地震のメカニズム解明に寄与する新たな研究として注目されます。

【背景】

岩石中に含まれるラジウムが放射性壊変することで発生するラドンは、地殻中に存在しています。発生したラドンの一部は地下水に溶け込んで流出し、一部は地殻の空隙にたまり、空気中に放出され大気中に広がっていきます。地殻変動や火山活動によって大気中・地下水中のラドン濃度が変動することも考えられ、ラドン濃度の変動を調べることで地震予知ができないかといった研究も行われています。一方、放射線医学総合研究所では、主として自然放射線に関する被ばくを評価する目的から、環境中のラドンに関する測定技術の高度化やラドンの動態に関する挙動解析といった取組みがなされています。こうした中、石川らは兵庫県南部地震の断層近傍にあり、震源地から25kmという至近距離にあった神戸薬科大学構内において測定されていた大気中のラドン濃度の変化に着目し、共同で解析と数理モデルへの適用を検討してきました。

【研究手法と成果】

(測定地点)
大気中のラドン濃度を測定していた地点は、図1に示すように兵庫県南部地震の断層近傍(余震域内)にあることに加え、ラジウム及びラドンを多く含む花崗岩地帯であることから(図2)、断層などの割れ目を伝って散逸してくるラドンを測定しやすいという利点を備えていました。

余震分布図は国立大学観測網地震カタログより引用
(Japan University Network Earthquake Catalog Hypocenters File)
http://wwweic.eri.u-tokyo.ac.jp/db/junec/index.html

▲ (図1) 測定地点 (震源と余震分布)

▲ (図2) 六甲山系の地質 (大気中のラドン濃度の測定)

大気中のラドン濃度は、1984年1月から1996年2月(1989年は欠測期間)の期間、1時間毎に電離箱*5で測定されました。ここで得られたデータの日最低値(一日のうちの最低濃度)をもとに、地震の前の異常な上昇を解析しました。

はじめに、1984年1月から1993年12月(1989年は欠測期間)の9年間のデータから通常年変動(平年値)を求めて平滑化*6しました(図3)。さらに、この平滑化した通常年変動を1984年1月から1996年2月までの測定データから差し引いて残差(データと平年値との差)を求め、平滑化しました(図4)。

この結果、残差は地震発生の約1ヶ月前から、明らかな異常値を示しました。

▲ (図3) 大気中ラドン濃度の日最低値の変動

▲ (図4) 残差 (データと平年値との差) の変化

(臨界現象の数理モデル式への適用)
大気中ラドン濃度の地震前の変動を明らかにするために、残差のデータが上昇していた1994年9月1日から1994年12月31日のデータに、下記の臨界現象の数理モデル式を適用しました。この式は、Sornette*7らのグループによって、臨界現象の数理モデルとして、地震前に地殻にかかっている応力歪の解放様式の解析に適用されています。


f(t) : 大気中のラドン濃度(Bq/m3) tc :臨界点 t : 時間
m : 臨界指数 ω : 振動 ψ : 位相 A,B,C : 定数

条件を設定せずに解析した場合、臨界点は1994年12月31日となりましたが、Sornetteによって与えられている0.2≦m≦0.6 及び 6≦ω≦12を満たすことを条件とすると、臨界点は1995年1月13日から1995年1月27日の範囲となり、地震発生日(1995年1月17日)が臨界点の範囲内となることが判明しました(図5)。

▲ (図5)平滑化した大気中ラドン濃度の臨界モデルへの適用

(結論)
こうした解析と考察により、地震前にかかった応力に伴ってできた岩石中のマイクロクラック等により、ラドンが断層などの割れ目に沿って上昇し、地面からのラドン散逸量が上昇し、大気中のラドン濃度が上昇したと推察されます。また、この濃度の上昇を臨界モデル式に適用させることができたことから、地震のメカニズム解明に寄与する研究としての意義は大きいと考えられます。

【今後の展望】

今後、東北大学大学院理学研究科地圏進化学講座の長濱裕幸助教授と共同で、大気中ラドン濃度の変動を地震の前兆現象として捉えるため、他の事例における解析と数理モデル式への適用を進め、地震メカニズムの解明とともに地震予知研究の可能性も追求して行きます。

(用語解説)

*1) ラドン(222Rn)
ラジウムが放射性壊変することによって生まれる放射性物質。自然界に広く存在する不活性の気体で、半減期は3.8日。放射線を出しながら次々と壊変する性質があるため、近年、健康への影響も懸念されている。

*2) 数理モデル
自然現象などを数式としてモデル化する研究手法。これに当てはめることによって、様々な現象を定量的に解釈したり、予測したりすることに役立てる。

*3) マイクロクラック
岩石の構成粒子の粒径に対して数分の1から数倍程度の大きさをもつ微視的な割れ目。地震前に大きな力が加わった地殻内では、臨界(実際の地震発生)に至る前段階としてマイクロクラックが発生していると考えられている。

*4) Cl-イオン変動
地震断層付近において、1994年の秋ごろから、地下水中のラドン濃度の増加やCl-イオンが上昇したことが報告されている。Cl-イオンの変動については、上記の数理モデル式の適用が行われている。

*5) 電離箱
放射線エネルギーの作用によって生じる微小な電流を測定することで、放射線・放射能を測定する装置。ここでは、電離箱内部に一定量の空気を導き、その中で生じる電流を測定することで、空気中ラドン濃度を定量している。

*6) 平滑化
ばらつきの大きい時系列データを解析する手法の一つ。時間に伴うデータの変化を滑らかにすることで、余分なばらつきを抑え、データの時間変化を見やすくできる。ここでは気象によるラドン濃度の変動をできるだけ取り除くため、指数平滑化法という方法を用いた。

*7) Sornette
Sornetteらは、大きな揺れに先だって比較的穏やかな地震活動が起こり、それが崩壊のクライマックスに至る過程を加速して、本震が発生すると考え、応力歪に関するデータを臨界モデル式に適用している。

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