記載医師 唐澤 久美子
乳がんは日本人女性が最も多く罹患するがんですが、早期がんの割合が多く、日本乳がん学会の統計によれば、臨床病期0期が約10%、I期が約40%と0−I期がんが約半数を占めています。0−I期の乳がんに対する標準治療は、乳房の腫瘍を摘出し腋窩のセンチネルリンパ節生検後に必要に応じて腋窩郭清を加える乳房温存手術と全乳房照射を組み合わせた局所療法に、全身薬物療法を必要に応じて組み合わせる方法で、5年生存率は約99%と極めて良好です。
しかし、高齢化社会を迎えご高齢の患者さんも増えていることから、合併症などで手術が行えない、あるいは麻酔が使えない患者さんに対しては、手術に代わる局所療法の開発が試みられています。現在、ラジオ波熱凝固療法、凍結療法、集束超音波療法といった非切除治療の臨床研究が行われ、症例選択を厳密に行うことで良好な効果が報告されてきています。そこで、当院でも、より負担が少ない治療法の開発を目指して2013年より早期乳がんに対する炭素イオン線治療の臨床研究を開始しました。
60歳以上のI期低リスク例を対象とし、第1相は線量増加試験で、48.0Gy (RBE)、52.8Gy(RBE)、60. 0Gy(RBE)の3レベルの線量を4回に分けて重粒子線治療を行い、3か月後に効果判定目的で腫瘍切除を行った後にホルモン療法を5年行いました。7人の患者さんが参加され、2022年6月時点で全員再発なく経過されています。
第2相では第1相で決定した推奨線量60. 0Gy(RBE)4分割にて重粒子線治療を行い、腫瘍切除を行わずホルモン療法を5年間行いました。12人の患者さんが参加され、2022年6月時点で全員再発なく経過されています。
乳腺Ⅰ試験では、60歳未満の方、0期の方が対象外でしたが、そのような方から多くの参加希望がありました。そこで、乳腺Ⅱ試験では対象を20歳以上、0−I期に広げ、リスクに応じた標準的補助薬物療法とエックス線による全乳房照射を併用することとしました。
第1相は線量増加試験で、52.8Gy(RBE)、60.0Gy(RBE)の2レベルの線量を4回に分けて重粒子線治療を行い、リスクに応じた標準的補助薬物療法とエックス線による全乳房照射を併用しました。5人の患者さんが参加され、2022年6月時点で全員再発なく経過されています。
第2相では第1相で決定した推奨線量60. 0Gy(RBE) 4分割にて重粒子線治療を行い、リスクに応じた標準的補助薬物療法とエックス線による全乳房照射を併用しました。2022年6月時点で登録中ですが、今まで12人の患者さんが参加され、現時点で全員再発なく経過されています。
この試験では、より負担が少ない1回照射法を行なっています。
対象は、50歳以上で、2cm以下の0期あるいはルミナルA のⅠ期で、補助療法はホルモン療法のみです。
第1相は線量増加試験で、46. 0Gy(RBE)、 50. 0Gy(RBE)を1回で重粒子線治療を行い、安全性を確認し50. 0Gy(RBE)を推奨線量としました。3人の患者さんが参加され、照射後にホルモン療法を開始し2022年6月時点で全員再発なく経過されています。
第2相では50. 0Gy(RBE) 1回にて重粒子線治療を行い、照射後にホルモン療法を開始しています。5人の患者さんが参加され、2022年6月時点で全員再発なく経過されています。
乳腺Ⅰ試験の第1相試験と並行して、手術困難あるいは手術拒否のⅠ期乳がんの患者さんに先進医療で 52.8Gy(RBE)あるいは60. 0Gy(RBE)の重粒子線治療を4回に分けて行いました※1。14人の患者さんに行いましたが、薬物療法も拒否した高リスク乳がんの1人で局所再発と腋窩リンパ節転移が生じました※3。現在は、臨床試験の適応に外れた乳がんに対しての先進医療は行なっていません。
領域リンパ節転移5例、転移性肺腫瘍3例、転移性骨腫瘍2例、転移性肝腫瘍1例で重粒子線治療を行いました。局所効果は良好でしたが、他の転移が生じ、再発がんに対する局所療法の限界を感じました。現在は乳がんの再発に対しての重粒子線治療は行なっていません。
初診時には、重粒子線治療に適しているかどうかを判定しなければなりません。治療できる可能性がある場合でも、もう一度検査を受けていただくこともあります。検査にはMRI、CT、超音波、PETなどがあります。治療前の準備としては、金属マーカー留置、固定具作成、治療計画CTとMRIが必要です。治療が終了しても2年間は3か月ごとに定期的に検査をします。原則として10年間は経過を観察していくことにしています。
重粒子線の優れた線量集中性を生かすため、治療に先立って放射線治療用金属マーカーの留置を行います。それに引き続き、固定具の作成や治療計画用のCTとMRI撮影等を行います。一連の治療準備には2日~3日かかり入院で行うこともあります。その後、治療計画の作成、計算、検証に1.5~2週間ほどお時間をいただき、実際の治療に入ります。現在、治療は病態や病変の配置に合わせて、1回(1日)~4回(1週間)で治療を行っています。
治療費は、重粒子線治療は臨床試験であり患者さんのご負担はありませんが、これに付随する、診察、入院、検査については保険診療となります。
治療後はご紹介いただいた医療機関、ならびに当院で経過観察を行って参ります。
乳がんに対する重粒子線治療は腫瘍切除手術に代わり得る可能性がある局所療法と考えています。乳房に傷が残らず、全身麻酔も不要で手術や他の非切除治療より体への負担が少ないと言えるでしょう。しかし、まだ臨床試験の段階です。
標準治療が可能であっても標準治療を選択されない場合は十分なご検討をお勧めします。
※1 Akamatsu H, Karasawa K, Omatsu T, et al: Jpn J Radiol. 2014 32(5):288-295
※2 Karasawa K, Omatsu T, Arakawa A. et al: J Radiat Reser. 60(3):342-347, 2019
※3 Karasawa K, Omatsu T, Shiba S. et al: J Radiat Oncol.15(1):265-273, 2020
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