国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構
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膵臓がんに対する重粒子線治療について

記載医師 篠藤 誠

膵臓がんに対する重粒子線治療について

膵腫瘍の90%を占める浸潤性膵管がん(以下、膵がん)は膵臓の悪性新生物の中で最も頻度が高く、予後は良好ではありません。近年化学療法が発達し良好な治療成績が得られるようになり、手術の適応がなかった患者さんが化学療法により腫瘍が縮小し手術が可能となるコンバージョン手術などが広まり、その結果からも長期予後を得るためには、手術などの強力な局所療法が必要であることが示されてきました。膵がんは、低酸素細胞の割合が多いなどX線等の従来の放射線治療には抵抗性であり、さらに放射線感受性の高い消化管に周囲を囲まれているため、膵がんを制御するのに十分な高い線量を照射することが困難で、従来の放射線治療では十分な治療効果を得ることができませんでした。重粒子線は粒子が重いことから、優れた線量分布に加えてより強力な殺細胞効果を有する放射線です。この特性により、がんに対してより高い線量を安全に投与することが可能であると同時に、放射線抵抗性であるがん細胞(腺がんや肉腫、低酸素細胞、がん幹細胞など)にも高い殺細胞効果が示されています。

重粒子線治療の適応について

膵がんに対する重粒子線治療は保険治療として実施しています。対象は手術による根治的な治療法が困難な局所進行性膵がんです。手術ができないあるいは手術を希望されないなど根治的治療が困難な患者さんを対象としており、遠隔転移や腹膜播種がある場合は治療対象になりません。
その他、新たな治療法の開発を目指した臨床試験を行っています。

どんな膵がんの病状では重粒子線治療ができませんか?

主なものとして以下の条件があります。

  • 転移がある。
  • 腸管を避けて照射することが不可能である。
  • 胆管や消化管に金属ステントを挿入されている(胆管チューブステントは可能です)。
  • 上腹部に腹水がある。
  • 重い合併症など治療に差し障る全身状態
  • その他医師が治療困難と判断した場合

重粒子線治療はどんな利点がありますか?

重粒子線は、腫瘍に集中して高い線量を照射することができるので、正常組織障害が少なく、殺細胞効果の高い治療が可能となります。

重粒子線治療はどんな副作用がありますか?

正常組織を避けて腫瘍に選択的に照射することから、副作用は少ないのが特徴ですが、照射範囲内にある正常組織はダメージを受けます。また、照射範囲の外でも、がんと近い場所には副作用が出現する可能性があります。可能性のある副作用としては、主なものとして消化管潰瘍、出血あるいは脊椎圧迫骨折などがあります。化学療法を併用する場合では、血液系の障害等(白血球数減少・血小板数減少)の副作用が増強することがあります

膵がんに対する重粒子線治療について以下に説明します。

対象となる患者さん

  • 手術による根治的治療が困難な原発性膵がんで遠隔転移がない
  • 膵がん手術後の局所再発で遠隔転移がない

2 膵がんに対する根治的重粒子線治療

対象となる患者さん

  • 手術による根治的治療が困難な原発性膵がんで遠隔転移がない
  • 膵がん手術後の局所再発で遠隔転移がない

局所進行膵がんの現状

膵がんの治療では、除不能局所進行がんに対して化学放射線治療あるいは化学療法が推奨されています。放射線治療に関しては、がんに対してよりたくさんの放射線を投与した方が生存成績が向上することが示されています※1。局所に限局して殺細胞効果の高い放射線を照射することが可能な重粒子線治療は、より高い線量をがんに投与できるという点で有利です。

局所進行膵がんに対する重粒子線治療の成績

2007年から局所進行膵がんに対するゲムシタビン(GEM)併用重粒子線治療の線量増加第I/II相試験が行われ、72例の患者さんにGEM併用重粒子線治療が施行されました。用量・線量制限となる正常組織障害は3例(4%)に認めたのみで(Grade4好中球減少2例、Grade3胆管炎1例)、極めて少ない割合でした。治療成績は、2年局所制御率83%(2年間照射部位に再発がない割合が83%)で、2年生存率は35%でした。45.6Gy(RBE)以上照射された高線量群42例の2年生存率、生存期間中央値はそれぞれ48%、23.9か月と良好な成績でした※2
J-CROS(重粒子線治療多施設共同研究:Japan Carbon-ion Radiation Oncology Study Group)では、2012年から2014年まで放医研、九州国際重粒子線治療センター、群馬大学で重粒子線治療を施行した72例を解析しました。正常組織障害としては重症(Grade3以上)の血液毒性が19例で、非血液毒性は食欲不振が2例のみと、併用した抗がん剤によるものがほとんどでした。1年および2年局所制御率は82%および62%でした。
全症例の2年生存率、生存期間中央値はそれぞれ46%、21.5か月でした※2。

膵がん術後局所再発の現状

膵がん術後の局所再発は、適切な局所治療により生存期間の延長が期待できます。局所再発に対する根治的治療は手術ですが、膵全摘等による術後の合併症やQOLの低下が問題となっています。

膵がん術後局所再発に対する重粒子線治療成績

2011年1月から2015年3月まで30例の膵がん術後局所再発に対し重粒子線治療が施行されました。正常組織障害としてはG3の白血球現象が2例に認められたのみでした。2年生存率は51%で生存期間中央値は26か月でした※3。膵がん術後局所再発に対する重粒子線治療は、安全に施行可能で、比較的良好な治療成績が期待できます。以上の結果から再手術困難な症例には、重粒子線治療は考慮してもよいと考えられました。

根治的重粒子線照射の方法

担当医師は患者さんの適格性を確認し、適格と判断された場合、説明文書に沿って患者さんに治療内容を説明し文書による患者さんの同意を得て、キャンサーボードで審議し承認を得ます。治療準備として固定具を作成します。翌日以降にCTを撮影し、治療計画をたてます。準備には約1週間を要します。重粒子線治療は3週間で55.2Gy(RBE)/12回を行います。また、患者さんの病状に合わせて抗がん剤を併用あるいは重粒子線治療単独で治療を行います。重粒子線治療後の後治療は規定していませんが、ガイドラインで推奨される標準的な抗がん剤を用いた維持化学療法が行われることを推奨しています。

図 治療計画
図 治療計画

症例の紹介

局所進行膵体部がん(赤↓)にて重粒子線治療55.2Gy(RBE)/12分割を施行しました。PET画像では治療前には腫瘍に一致して高いFDGの集積(黄色↓)を認めましたが、治療後にはFDGの著明な集積低下が認められました。このような効果には個人差があります。

図 症例の紹介
図 症例の紹介

文献

※1 Shinoto M, Yamada S, Terashima K et al: Carbon Ion Radiation Therapy With Concurrent Gemcitabine for Patients With Locally Advanced Pancreatic Cancer. Int J Radiat Oncol Biol Phys 95:498-504,2016
※2 Kawashiro S, Yamada S, Okamoto M, Multi-institutional Study of Carbon-ion Radiotherapy for Locally Advanced Pancreatic Cancer: Int J Radiation Oncol Biol Phys, 101,1212-1221, 2018
※3 Shohei Kawashiro, Shigeru Yamada , Yuka Isozaki et.al. Carbon-ion radiotherapy for locoregional recurrence after primary surgery for pancreatic cancer: Radiother Oncol 129:101-104,2018

(R4.4.1)