記載医師 山本 直敬
こんにちは。
QST病院 呼吸器腫瘍科 科長の山本 直敬(やまもと なおよし)です。
本日は「肺がんの重粒子線治療」について説明させていただきます。
肺がんは1993年以降、悪性新生物の部位別死亡数が男性の1位であり、いまだに増加傾向を示しています。このような状況下で、肺がんの診断技術、外科治療、放射線療法、化学療法、免疫療法などが近年著しく進歩してきています。
なかでも定位放射線治療や粒子線治療(陽子線、重粒子線)などの放射線治療は、糖尿病や心臓病などの基礎疾患があって手術を行う場合には危険性が高い患者さんに対する治療法として、QOLを損なうことが少ないというメリットがあります。
ここでは、われわれが行っている肺がんに対する重粒子線治療についてご説明します。
当院における肺がん重粒子線治療は非小細胞肺がんに対して1994年11月から開始されました。現在(2018年末)までに約900名の治療を行ってきました。 最初の治療は末梢型I期肺がん、肺門近接型・肺門部肺がん、胸壁浸潤肺がん(術前照射として施行)を対象に18回分割照射で治療期間6週間をかけて線量増加試験として施行しました※1。胸壁浸潤がんの術前照射では、照射後手術で摘出された標本で強力な抗腫瘍効果を確認できました※2。
末梢I期非小細胞肺がんに対しては18回照射から、9回照射(3週間)※3、4回照射(1週間)※4と分割回数を減らすための臨床試験を進めました。最終段階として治療を1日で行う1回照射の臨床試験を開始し、臨床的な安全性、有効性を示すことができました※5。治療が1日で終了すると高齢者で入院の必要がなく、日帰りで治療できるので非常に便利です(図1)。
初期の臨床試験で治療前後の肺機能を比較し、肺活量と1秒量の低下がそれぞれ10%以下であり、肺機能の障害が軽度で安全な治療であることを報告しました※6が、9回、4回、1回と分割回数を減らして照射しても、肺の有害反応は,臨床的に問題となる症状を呈するグレード3以上の肺反応は認めませんでした。またこれらの臨床試験のなかで80歳以上の高齢者を対象とした解析では低侵襲で高い抗腫瘍効果が示されました※7、※8。I期肺がんに関しては宮本ら※4の5年生存率45%や1回照射線量増加試験について山本ら※5の5年生存率56%の報告があります。他の治療との比較を表に示しました※9、※10、※11。
なお、将来の保険収載を目指して現在全国の重粒子線治療施設による多施設共同で肺葉切除不能のI期肺がん症例に対する重粒子線治療の有効性を証明するための前向き試験が先進医療Bとして進行しています。
早期の肺がんが中枢の気管支や、肺門付近に発生することもあります。このようながんの場合、がんの周囲の正常組織としては肺以外にも、気管支、肺動静脈などの血管、食道がありますので、治療を行ったことでこれらに対して穿孔や出血などの重篤な障害を与えないことが重要です。我々の治療する患者さんは肺機能が低下しており手術が出来ない症例がほとんどであるためまた気管支への障害は軽度なものであっても肺機能の低下をきたすことから、呼吸機能をできるだけ損なわないような照射を心がけています。
肺門部付近の肺がんに対しては、12回/3週間をかけて治療しています。肺機能の低下した症例でも安全に治療できています。図2は左の上葉支に舌区支から発育した腫瘍の治療経過です。
局所進行肺がんに対しても治療を行ってきました。初期の臨床試験で重粒子線単独治療した症例について、2年生存率51.9%との報告(高橋ら※12)があります。最近の症例では以前に比べてわずかですが成績の向上を認めています(林ら論文投稿中)。
ただし、進行肺がんに対しては化学療法と手術や放射線療法などの局所療法を組み合わせた治療が行われるべきで、切除不能で、化学療法が施行可能な場合は、化学放射線療法をお勧めしています。どうしても重粒子線治療をご希望される場合には可能な限り重粒子線治療まえに化学療法を施行していただくようにしています。
年齢や合併症を理由に化学療法が併用できない症例に対しては単独での治療が選択されることもありますが、肺への副作用は照射範囲が広くなるためG2以上の肺臓炎発生が約10%あり、適応についてはQOLを損なわないようによく検討することが必要です。またこれまでの経験では局所の制御は良好でも遠隔転移で再発してくることが問題であり、免疫療法などとの併用も検討が必要です。
現在進行肺がんには16回/4週間で照射を行っていますが、進行肺がんの治療も将来はさらに短期間で行えるようにしたいと考えています。
転移性腫瘍の治療は原発の疾患により各種の治療方法が選択されますが、転移症例であり化学療法などの全身治療が主体となり、局所療法の適応となることはまれです。ただし、近年オリゴ転移に対する局所療法も良好な予後が期待できる症例に対して行われています。
先進医療として重粒子線治療を行えるのは原発巣が制御され肺以外の転移がなく、肺転移の個数が3個までが適応となっています。同様にリンパ節転移については孤立性の肺門・縦隔リンパ節転移が対象となります。
当院からの報告では、大腸がんからの転移性肺腫瘍では2年および3年局所制御率がともに85.4%、2年および3年生存率がそれぞれ65.1%と50.1%という結果でした※13、Grade3以上の有害事象は認めませんでした。
初診時には、治療に適しているかどうかを判定しなければなりません。治療できる可能性がある場合でも、もう一度検査を受けていただくこともあります。検査にはCT、PET、MR、気管支鏡などがあります。治療前の準備としては、金属マーカー留置、固定具作成、治療計画CTが必要です。治療が終了しても2年間は3か月ごとに定期的に検査をします。原則として5年間は経過を観察していくことにしています。
3~6か月で肺の反応が現れはじめ、6か月から9か月目が肺臓炎の活動がピークとなります。ただし、画像的な変化がほとんどで、患者さんの呼吸器症状が悪化することは、少なく、特に末梢の肺がんに対する照射ではほとんどありません。
再発について述べますと、照射後6~12か月でリンパ節転移、脳転移などの診断が得られたり、1年から2年の間で局所再発が判明してくることがあります。再発には化学療法や、重粒子線再照射が行われたり救済手術を行うことがあります。
最後に、これは大事なことですが、手術ができる場合は手術をお勧めしています。手術の方が良い理由を患者さんへ説明 するときには、がんが(画像的にも)完全に無くなる、局所制御の確実性、治療前画像診断で判らないリンパ節転移、播種などの微細な病変がわかる、切除した標本で遺伝子解析などのより詳細な情報が得られるなどのメリットを説明しています。
重粒子線治療では照射部位に肺臓炎から引き続き線維化の陰影が残りますので、局所再発との鑑別が問題となります。また手術と較べて急激な機能的変化がないことは手術が出来ないほど心肺機能が低下している患者さんではメリットですが、線維化して確実に肺気量が減少します。手術は肺の再膨張が得られるので、複数個の転移巣の切除などでは可能な限り切除して、重粒子線治療は最後の手段として取っておく、などの計画も重要です。また万一再発した場合、その時にはもう腫瘍の進展状態から手術ができないことも十分にあることをよくお話ししています。
重粒子線治療は、手術非適応症例に対して手術に代わり得る局所療法です。手術に較べて根治性は劣りますが低浸襲であり、他の放射線と較べてサイズが大きい腫瘍に対しても短期間の治療が可能です。
※1 Miyamoto T, Yamamoto N, et al. :Radiother Oncol,66:127-140, 2003
※2 Yamamoto N, Miyamoto T, et al. : Lung Cancer,42:87-95, 2003
※3 Miyamoto T, Baba M, et al. : Int J Radiat Oncol Biol Phys,67:750-758, 2007
※4 Miyamoto T, Baba M, et al. : J Thorac Oncol,2:916-926, 2007
※5 Yamamoto N, Miyamoto T, et al. : J Thorac Oncol, 12:673-680, 2017
※6 Kadono K, Homma T, et al. : Chest, 122:1925-1932,2002
※7 Sugane T,Baba M, et al. : Lung Cancer,64:45-50, 2009
※8 Karube M, Yamamoto N, et al. :Int J Radiat Oncol Biol Phys 95, 542-548, 2016
※9 Baumann P, Nyman J, et al. : Journal of Clinical Oncology,27:3290-3296,2009
※10 Timmerman R, Paulus R, et al. : JAMA,303(11):1070-1076, 2010
※11 Nakayama H, Sugahara S, et al :Int J Radiat Oncol Biol Phys,78(2):467-71, 2010
※12 Takahashi W, Nakajima M, et al. :Cancer, 121, 1321 - 1327, 2015
※13 Takahashi W, Nakajima M, et al. : Radiat Oncol,9:68, 2014