統合失調症の重症度と脳内の抗酸化物質
“グルタチオン”濃度に相関関係
抗酸化物質による精神症状の改善の可能性を示唆

【概要】

分子イメージング研究センター・先端生体計測研究グループ・機能融合研究チームの小畠隆行チームリーダー、松澤大輔研究員らは、千葉大学大学院医学研究院精神医学(伊豫雅臣教授)および同大学社会精神保健教育研究センター病態解析部門 (橋本謙二教授) との共同研究において、磁気共鳴スペクトロスコピー (H-MRS)*1を用い、統合失調症*2患者を対象に、脳内の酸化を防ぐ主要な抗酸化物質であるグルタチオン (以下、GSH)*3の濃度測定を行い、統合失調症の症状の一つで、感情の平板化や自発性の低下などが特徴的な陰性症状*2が重症であるほどGSH濃度が低いことを確認しました。

GSHは、脳内に生じた活性酸素類*4除去し、神経の保護に働くほか、記憶や学習の機能に係わるNMDA受容体*5に作用する神経伝達物質としての役割も果たしています。GSH濃度の低下は統合失調症をはじめとする精神疾患や神経疾患に悪影響を及ぼすと考えられており、今回の研究成果は、従来の抗精神病薬では治療が難しい統合失調症の陰性症状に対して、新しい機序による薬剤開発につながる成果として期待されます。

本研究成果は、学術誌PLoS ONE電子版2008年4月9日号に掲載されました。

【背景】

GSHは生体の主要な抗酸化物質の1つで、活性酸素類の除去に働くほか、脳内ではNMDA受容体を介した神経伝達への関与が考えられています。NMDA受容体は、統合失調症における感情の平板化、自発性の低下といった陰性症状、記憶や作業能力の低下などの認知機能障害と深い関係にあるとされており、GSH濃度の変化は統合失調症の症状に大きな役割を果たしている可能性が考えられます。これまで、統合失調症患者では脳脊髄液中や内側前頭前野でGSH濃度が低下しているという報告と、逆に低下しないという報告がありました。また、臨床症状とGSHとのの関連性も明確になっていませんでした。そこで、これらの点を明らかにするために、統合失調症患者の前頭葉のGSH濃度測定を磁気共鳴スペクトロスコピー(1H-MRS)法で行い、GSH濃度と陰性症状、及び認知機能障害との関係について検討しました。

【研究手法と成果】

磁場強度3テスラのMRI装置を用いる1H-MRS (磁気共鳴スペクトロスコピー) 法にGSH信号を選択的に可視化する手法 (MEGA-PRESSシーケンス*6 (図1)) を適用し、統合失調症患者20人 (男性12人、女性8人 平均年齢30.7) を対象に前頭葉内側のGSH濃度を測定しました。

統合失調症患者の症状は、陰性症状については問診による臨床症状の評価手法であるSANS (Scale for the Assessment of Negative Symptoms)*7 により、また、認知機能障害については思考の柔軟性や作業能力を測定する前頭葉機能テスト*8により評価しました。

その結果、統合失調症患者の陰性症状 (SANSスコア) と前頭葉内側のGSH濃度との間に有意な逆相関性があることがわかり、この結果から陰性症状が重いほどGSH濃度が低いことを確認しました(図2)。


【今後の展開】

統合失調症に現在使用されている抗精神病薬は、幻覚や妄想などの陽性症状には高い効果があるものの、感情の平板化、自発性の低下などの陰性症状や、記憶や作業能力の低下などの認知機能障害に対する効果は乏しいとされていましたが、今回の研究成果は、GSHの補充が統合失調症の陰性症状を改善する可能性を示しました。GSHをはじめとする抗酸化物質による精神症状の改善の報告はまだ多くありませんが、従来の抗精神病薬では治療が難しい統合失調症の陰性症状に対して、新しい機序による薬剤開発につながる成果として期待されます。




図1 GSH測定部位とGSHスペクトル

※化学シフト(ppm):
水素原子核の回転周波数のずれを表しており、GSHのピークは2.95ppm(約377ヘルツ)に存在する。





図2 GSH濃度と統合失調症陰性症状との関係

(用語解説)

*1 磁気共鳴スペクトロスコピー (H-MRS)

外科的な手術の必要のない非侵襲的な脳内の代謝物質を測定できる技術。 水素 (1H) はその原子核に核スピンという小磁石の性質を持つが、特定の磁場の中で固有の周波数の歳差運動(こま運動)を行う。その磁場の中での共鳴周波数は同じ水素原子核でもどのような化合物の中にあるかで異なっていることから、その性質を利用した核磁気共鳴 (NMR) スペクトルは化合物同定や分子構造決定に利用されている。水素 (1H) のNMRスペクトルを利用して生体内の化合物を測定する方法を1H-MRSという。

*2 統合失調症、陰性症状

統合失調症は有病率1%の代表的な精神疾患で、幻覚や妄想といった陽性症状の他に、感情の平板化、思考の貧困、自発性の低下といった精神活動性の低下を主とした陰性症状と、注意、記憶や作業能力の低下を主とした認知機能障害の3つの障害を特徴とする。陽性症状はドパミンD2受容体拮抗薬が奏効することが知られているが、陰性症状、認知機能障害を顕著に改善する治療薬は知られていない。

*3 グルタチオン(GSH)

生体内に存在する主要な抗酸化物質の一つ。グルタミン酸、システイン、グリシンの3つのアミノ酸からなるトリペプチドで、様々な活性酸化物の除去に働き、神経系では活性酸化物による神経障害に対して保護的に働いていると考えられる。近年ではNMDA受容体に対して神経伝達物質として作用するなど、脳内のシグナル伝達への直接的な関与を示唆する研究が報告されている。

*4 活性酸素類

酸素が化学的に活性になったもので、不安定で強い酸化力を持つ。遺伝子DNAや、細胞内の脂質、タンパク質などの酸化を通じて、とりわけ酸素消費の多い脳内において神経細胞を損傷する作用があるため、様々な神経疾患でその関与が注目されている。

*5 NMDA受容体

グルタミン酸受容体(受容体:神経末端などから神経伝達物質を受け取り、情報として利用できるように変換する仕組みを持ったもの。)の一種で、脳内では、記憶や学習のメカニズムに深く関わっていることがよく知られている。近年、統合失調症の発症にNMDA受容体機能低下が関係していることを示唆する研究が多く報告されており、薬剤開発のターゲットとしての注目が集まっている。

*6 MEGA-PRESSシーケンス

MRSの信号収集手法で一般的な撮像法に、GSH測定のために特殊なパルス電磁波を付加することで、GSHシグナルを選択的に可視化する手法。GE横河メディカルシステムとの共同研究によりGSHに適正化した。通常のMRS ではGSHの測定が困難とされていたが、Terpstraらが2005年にこれを用いて初めて統合失調症患者の脳でのGSH測定を報告した。

*7 SANS (Scale for the Assessment of Negative Symptoms)

統合失調症の陰性症状の、情動の平板化、思考の貧困、意欲の欠如、非社交性、注意の障害といった様々な側面を問診と観察によって評価する症状評価スケールの一つ。

*8 前頭葉機能テスト

前頭葉は外部の情報から的確に状況を認識し、問題解決を行う遂行機能の多くを担っているが、そのような前頭葉の能力を注意能力や思考の柔軟性のような要素に分解して行う種々のテスト。

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